大崎下島の御手洗は汐町港として栄えました。多くの船が停泊し、全国でも五本指に数えられる花街として栄えました。オチョロ舟は歌にも歌われています。
「オチョロ」は「お女郎」からと言われていますが、大きな船の間をチョロチョロを動くので「チョロと呼ばれそれがおチョロ舟」になったとか。
御手洗一の遊郭「若胡子」が当時のまま残っています。
中には芸子さんが芸を披露する舞台やお座敷があります。
舞台の裏にあるお座敷、その庭には薩摩藩からの鹿児島の石が利用されています。
七卿落ち遺跡
明治維新のおり、京都で敗れた長州とともに立ち寄ったとあります。また、御手洗は幕末における薩摩藩の密輸の舞台ともなっており、薩摩、長州、広島を結び付けた場所とも言えます。
撮影地・呉市御手洗
撮影者・WITZpresentation